60年代の若者はなんと個性的だったのだろう

中学生から高校生になると、極端に様変わりする人がいる。
急に大人びて、色気が面構えや体形にあふれてくる男性がいて、そして女性もいる。
 
が、一方では将来のことを真剣に考えるタイプの"不可解な連中"もいる。
 
ひたすら学業に励む。中学生の時とはコロッと変わって、勉強をしすぎて顔色の悪い"優等生"がいた。
 
僕の知り合いのその彼は、小倉南校に進んで、なんと九州大学に合格した。中学の頃には"悪憎"に近かったのに。
 
こういった変化を遂げる人が稀にいる。
 
この変化は予測がつきにくいし、運命学でも勉強しているならともかく、親も驚くほどの変化していく。
 
小倉高校に進学した連中は、急激に変化する人は少ない。
これは校風というものに生徒が順応していくことが出来るからだ。
 
校風が「不確実性」である高校ほど"異端児"が突然、現れることがある。
 
僕の進学した北九州高専は、僕自身が"トンデモない存在"になってしまった。
 
僕以外にも道を踏み外す結果となった連中は多く、それが高専の特徴でもあった。
 
アート・ディレクターになる為に、4年を前に中退をし、その彼は東京の浅草座のアート・ディレクターに本当になった。
 
又、3年で中退した彼は、悪い奴ではなかったが、どうも女性に走り過ぎる宿命を持っていたようだ。建設会社の社長になっていた。
 
又、同級生であった男は、一流会社に就職が内定していたにも関わらず、入社式に参加せず、ジャズ・プレイヤーになる為に東京に行った。
 
人生なんて、思い描いたように進めるものではなく、その人が生まれ持った個性や才能を活かさずにおられない。そんな人もいるのだ。
 
友人で高専卒業後に、22歳で結婚し家庭を持った。酒と女とマージャンが大好きで、大人っぽさ、男らしさを生きる信条としていたような奴だった。
その彼が22歳で肝硬変で亡くなった。酒の飲み過ぎだった。
 
高専から就職した連中は、工事現場での仕事をする人に多かったので、事故死をした人が多かった。
 
僕も2度、死ぬ思いをした宮崎の海と沖縄の空での話だ。
 
クリームの「クロスロード」を聴いて、あの時代を感じてみよう!

Oimachi Act./おい街アクト

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