マスコミが見た目を優先しないで生まれた最後のヒーローがベンチャーズか!?

60年代の日本でビートルズと並ぶ人気のあっエレキ・インスト・グループ。

代表格はベンチャーズだ。

本国アメリカでは
60年8月29日付のビルボードで
2位を記録した「ウォーク・ドント・ラン(急がば廻れ)」がベンチャーズの最大のヒット曲。

日本ではビートルズの
「プリーズ・プリーズ・ミー」が
シングルでリリースされた64年3月以降に、エレキ・ブームが起きた。

「10番街の殺人」
「ダイヤモンド・ヘッド」がヒット。

同時にアストロノウツが
「太陽の彼方に」をヒットさせ、
ビートルズを凌ぐ売り上げを見せた。

「ノック・ミー・アウト」
「ベンチャーズ・イン・ジャパン」。

後者のアルバムは50万枚を超える、信じられない現象が起こった。
この人気を支えたのは
全国のエレキ少年たち。
今までの聞くだけの音楽と違い、
自分たちでも演奏が出来そうだ。
がブームの根っこにあった。歌を唄わなくてもいいから―。これも大きな要因であった。

テレビでは
「勝ち抜きエレキ合戦」のエレキ・イン
スト・コンテストが登場し、
プロ、アマを問わず、
A級、B級、‥‥次々とバンドが生まれた。

夏のビア・ガーデン、プールにまで
エレキ・インスト・バンドが現れ、
夏の風物詩になりそうな勢いだった。

さらにイギリスのシャドウズ、
フィンランドのサウンズ、
ベルギーのジョーカーズ、
スウェーデンのスプートニックス、
オーストラリアのアトランティックス

日本では寺内タケジとブルー・ジーンズ。
井上宗孝とシャープ・ファイブで、
テケ、テケ、テケが大ブーム。

この時代は未だルックスを重視しない傾向がテレビ側にも観る側にも強く、アイドル性はビートルズ以外(言い過ぎか?)は、求められなかった。

そのベースが作られてた後
GS(グループ・サウンズ)がブームとなる。

ベンチャーズは定期的に日本公演を始める。
これが何十年続いたのだろうか。
加山雄三の「君といつまでも」や日本の曲、「二人の銀座」などもベンチャーズがやるとヒットする、ベンチャーズの長寿の秘けつは、きっとここにあったと思われる。

あのチャック・ベリーの言葉は正しい。
「音楽にはスウィング感とセンチメンタル感の二大要素があればヒットするし、欠かせない」。

アル・カイオラ楽団のエレキ・ギター演奏曲のヒットがここで終わった。

映画「荒野の七人」「ナバロンの要塞」「落日のシャイアン」は影が薄くなっていった。

ベンチャーズはアイドル性のないメンバーだった。オヤジっぽくても、昔は売れたシンガーが沢山いた。
そんな時代は過去の話。
さて、現在はいかがなものか。

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