これだけテレビ離れ、音楽離れ、映画離れが起きたからこそ、基本的、基礎的な優しい歌や、心を和ます音楽の大切さが染みるほど欲しくなるのです
日本の音楽界を戦後から支えていたのは大衆芸能で、決してテレビではなく、酒場の席で歌われていた、小唄から、手拍子混じりのオケサ、浪曲、浪花節などが、日本の大衆芸能そのものであった。
これらが基盤にあったからこそ、歌謡曲やボップスがハイカラーな音楽として、流行り、若い人たちに好まれることが出来た。共存共栄が1970年代まで成り立っていた。が、テレビが作るアイドルにより、音楽界の基盤にヒビが入り、日本の音楽のすべてが崩れ去った。懲りずにAKBなどを売ろうとするマスコミは、手がつけられないバカさ。日本の音楽の立て直しを、地道にやっているのは、北九州市ではシンガー・ソングライターの波多野菜央。若い人から気づき、行動を起こしている。そろそろ若い人たちに、いい大人も席を譲るべきと、僕は思う。
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