人生に針を落とす~ロマンの宝島 田口商店~
ボタン一つで音楽が流れる。
そんな時代に生まれたことをアーティストとしてありがたい と思う反面、惜しくも思う。
レコードの針を何度も戻し、古くなると変え、盤の手入れをし... CD世代である私にとって、 そんなシチュエーションは映画やドラマの中の話だった。
そうやって手間をかけて聞く音楽は、きっと一音一音の重みが増し、流れる時間も長いのだろう。
初期のレコードプレーヤーなんかは特に振動をダイレクトに受けることができるため、音に温度を感じると聞いたこともある。
レコードというのは、作り手も聴き手も時間をかけて音楽を楽しめるものだと思う。それとともに、世代でない私の抱く「軽い気持ちでは踏み込めない世界だ」という意識が、より一 層レコードへの憧れを強くする。
今回少しの緊張の中伺ったのは、小倉室町のバス通りにある黄色い屋根が特徴的な「田口 商店」。
北九州はもちろん、近隣の音楽マニアが集う歴史ある中古レコード店である。この街に生まれて23年。もちろん店の前は何度も通ったことはあるものの、気になりながらも入ることができなかった私にとって今回の取材は絶好の機会であった。
店内には、人ひとり分の通路を残して壁一面に並んだレコードやCDの数々。居合わせたお 客さんは皆真剣に、それでいて楽しそうに一枚ずつレコードを眺めていた。
カウンターに高く積まれたレコードの山を、目にも留まらぬ速さで買い取り査定している男性が店主の川上氏である。
一段落したところでお話を伺う。
川上氏は広島出身。北九州市立大学に進学しアルバイトとして入った田口商店で、今では店主としてお客様を迎えている。
少年時代からビートルズやローリングストーンズを聴き、高校ではバンドを組んでいた。地元ではなく北九州へ進学を決めたのも、福岡の音楽シーンへの憧れがあったからだという。
川上氏の音楽や仕事に対する情熱は、その手元からも伺うことができた。
名刺よりも小さい商品カード一枚ずつに丁寧にコメントや品番を書いている。このカードは店内のレコードやCDに貼られ、私たちの宝探しをさらに楽しいものにしてくれるものだ。
カウンターの奥を覗くと、そこにもまだまだ宝の山が眠っているようである。一体どのくらいの商品があるのかという問いに「正直分かりません。奥にもたくさんありますし、倉庫も借りています」と笑いながら答える川上氏。
「でも、何がどこにあるのかは把握していますよ」と、私に驚くものを見せてくれた。
商品の管理ファイルである。
なんと田口商店ではこの膨大な数の商品を手書きで管理していた。 鉛筆と消しゴムでリストを書きかえていく作業は、見ていてとても温かみを感じた。
田口商店には様々な人が訪れる。
取材中、話を聞いた男性は30 代。購入したレコードは家で愉しむそうだ。
先日は私より年下の女子大生がレコードを買いに来たという。
店内を見回しても年齢や性別関係なく、各々が目をキラキラさせながら商品を見ているのが印象的だった。
ここにはレコード、CD だけでなく、レーザーディスク、DVD や音楽雑誌などなんでもある。ジャンルも豊富に取り揃えており、音楽マニアもふらっと立ち寄る人も例外なく楽しめる場所だ。
新しい出会いもあれば、懐かしい再会もある。そんなロマンチックな空間に私はいた。
「対面」することが好きだと話す川上氏。
長年の経験と自身の音楽センスで、お客さんに合いそうな一枚を勧めることもあるという。それは、レコードや一人一人に真剣に向き合っているからこそ。まさに「対面」しているからこそなせる技である。
時代が変わる中、音楽の流行りだけでなく、その聴き方も変わってきた。
アナログとデジタル。
形あるものと無いもの。
川上氏は店内の棚で、その移り変わりを本当 の意味で目の当たりにしてきた。そのうえで、「ジャケットというのは絶対に無くなりませんよ」という。私もそう思う。そう信じたい。
ボタン一つで聴ける音楽配信も気軽で良い。しかし、私は音の重みや温かさというロマンが詰まった、形あるレコードやCDも大切にしていきたいと思う。
とはいえ、レコードについてはまだ初心者にもなれていない。まずはプレーヤーを手に入れ、 川上氏にオススメの一枚を見繕ってもらう約束をした波多野菜央であった。
取材・文=波多野菜央
田口商店
福岡県北九州市小倉北区室町2丁目1-4
TEL/093-592-6183
営業時間/11:00~20:00
休/正月のみ定休日
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